ライバルの存在って大事だよな。
私自身、ライバルの存在が競技において非常に大きな存在であったと思います。
今回はそんな経験を振り返りながら、その存在について考えたいと思います。
振り返って
小学校5年生から陸上を始めて、ここに至るまで、幸せなことに僕には常にライバルという存在がいました。
ライバルって、すごく複雑な関係だと思います。
そんな関係性であることで思うことは、
⚪︎ 負けたくない気持ちが並大抵のものではない ⚪︎ 同じ目的に進んでいく同志 ⚪︎ 何気ない会話でちょっとピリッとしちゃう ⚪︎ 二人で、最強。 |
ざっと過去を振り返りながら、1つづつ考えていきます。
誰よりも負けたくない!
てつじんにとってのライバルは、中学時代に全国大会で2番だった選手でした。
順位において2位というには1番悔しい順位ですよね。
あと一歩で、“優勝”だったっていうのは、やっぱ悔しいもんだよな。その差は大きいぜ。
なので彼は1位に対しての特別な思いと、悔しさを味わっていました。
それをなんとしても手に入れるんだという信念、強くなりたいという意志を、言葉に出さなくても持っていました。
レースで同じ組になった時はいつも最後の1周から勝負でした。
てつじんは結局3年間で1回も直接の勝負で勝てませんでした。
同じ土俵で勝てないなら
というわけで、てつじんは、同じ土俵での勝負で勝てないなら、少し違うところで勝負すればいいじゃないかと考えました。
例えば駅伝で彼が区間賞を取ったら、僕の区間でも絶対区間賞を取るということだったり、
じゃあ僕は違う種目で優勝をしてやる!という思いを持っていました。
優れるな、異なれ。と中田敦彦さんが言っていましたね
彼がいい結果を残したら、自分もそれに負けないくらに、いい結果を残そうという気持ち。
そういう時は、やはりいつもより力を発揮できたなと感じます。
結局負けず嫌いなんだな。
ライバルという存在がいることで、一層結果に対してのこだわりも強くなりますよね。
同じ目的に進んでいく同志
負けたくないって思わせてくれることって、やっぱり頼もしいものです。
お互いが練習の時のjogでも競争してしまったりするので、一人で走るよりも練習の質も上がっていました。
でも僕のメインで取り組んでいる種目と彼が取り組んでいる種目は違いました。
でも同じ、全国優勝という目的を目指していました。
目指す場所が同じであることで、同じ目線から競技に取り組めていたなと感じます。
駅伝では本当に心強いものがありました。心強いし、結果で負けたくもない。
レースはすごくやる気が湧きました。
何気ない会話でピリッと
これはてつじん自身も感じていたことですが、周りの人からもよく言われたことでした。
ほんとに、どうでもいい会話で「え?」という風に、ちょっとピリつくんです。
具体的な会話が本当に思い出せないんですが、私たちは競技の話をするのが大好きですので、
きっとマウントの取り合いをしていたのだと思います。
会話ですら負けず嫌いなんだな。
おはずかしい。
話のレベルが低いことでも、どうでもいいことでもなぜかムキになってしまうのは、ライバルだからでしょうか。
二人で、最強
ちょうど当時は呪術廻戦という漫画が流行っていて、「最強」というのは憧れでした。
彼がいなかったら、今の自分はなかった。
彼がいたから、スリル満載の毎日で、先生にも怒られすぎてしまいました。
全国優勝の景色も、地球の裏側で感じた、遠く先の“世界”の景色も、一緒に先生のところまで謝りに行ったことも、喋りたくなくなるくらいお互いが嫌になったことも、全ていい思い出です。
ライバルという存在がいることで、自分の限界を決めつけず、どこまででも強くなることができる。
刺激を受けて、与えて、悔しさも喜びも分かち合える。
親友で、そして最大の敵。
これが、ライバルという存在なのだと思います。
てつじんさんのレース前に何でカフェインを取るかやレース当日の食事を教えてほしいです!
もちろんです
また記事にします!!